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和歌山地方裁判所 昭和63年(行ウ)6号 判決 1998年12月25日

和歌山県有田郡吉備町大谷三三一

原告

井口順雄

右訴訟代理人弁護士

由良登信

小野原聡史

上野正紀

和歌山県有田郡湯浅町湯浅二四三〇―七六

被告

湯浅税務署長 加用俊栄

右指定代理人

関述之

長田義博

山本弘

三田村義信

田村学

小坂雄二

福本光記

新名徹

宮田恭裕

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告が、昭和六二年六月一一日付で、原告に対してした次の各処分をいずれも取消す。

一  昭和五九年分の所得税につき総所得金額を金二四七万四八六四円とした更正処分のうち総所得金額につき金二〇〇万二五一八円を超える部分。

二  昭和六〇年分の所得税につき総所得金額を金二三三万〇二七五円とした更正処分のうち総所得金額につき金二一八万三〇〇〇円を超える部分。

三  昭和六一年分の所得税につき総所得金額を金三二六万〇九一八円とした更正処分のうち総所得金額につき金一二〇万三九一三円を超える部分。

第二事案の概要

本件は、蜜柑生産農家である原告が、被告から、昭和五九年分から昭和六一年分までの所得税確定申告が過少だとして更正処分を受けたことに対し、右更正処分の取消を求めた事案である。

一  前提事実(争いのない事実)

1  原告は、和歌山県有田郡吉備町で、蜜柑の生産等をする農家であり、いわゆる白色申告者であった。

2  原告は、昭和五九年分から昭和六一年分までの所得税について、別紙一「確定申告」欄記載のとおりの確定申告をしたが、被告は、事業所得金額を否認し、同別紙「更正処分」欄記載のとおりの更正処分(以下「本件各処分」という。)を行った。

3  原告は、本件各処分が違法だとして、異議申立てや審査請求をしたが、被告及び国税不服審判所長は、同別紙の「異議決定」、「裁決」欄記載のとおり、これらをいずれも棄却し、原告の主張を認めなかった。

二  当事者の主張の要旨

(被告の主張の要旨)

1(一) 原告の本件各係争年分の総所得金額は、別紙二のとおりであり、その金額の範囲内でなされた本件各処分は適法である。

(二) 事業所得の金額は、原告が税務調査に協力的でない等のため、その実額把握はできなかったので、推計課税を行わざるを得なった。すなわち、原告の出荷先の反面調査により把握した本件各係争年度の収入金額(別紙二<1>欄、別紙三)に、同業者の平均算出所得率(別紙二<2>欄)を乗じて特別経費控除前の算出所得金額(別紙二<3>欄)を算出した。

ところで、右平均算出所得率は、抽出した複数の同業者の収入から一般経費(必要経費から、建物減価償却費、利子割引料、地代家賃、貸倒損失、税理士報酬、固定資産等の除去損の特別経費を除いたもの)を控除し、算出所得金額を出したうえ、収入金額と算出所得金額の比率を求め、これを平均化したものである(別紙四)。

そして、算出所得金額から、特別経費(別紙二<4>欄、別紙五)の額、事業専従者控除(別紙二<5>欄)を差し引いて事業所得の金額(別紙二<6>欄)を算出した。

(原告の主張の要旨)

1 本件各処分は、推計課税の必要性も、合理性もなく行われ、しかも本件各処分に際し行った税務調査(以下「本件税務調査」という。)も違法であるから、本件各処分は取り消されるべきである。

2 原告の本件各係争年分の事業所得の実額は、別紙六のとおりである。

したがって、本件各処分は、原告の事業所得金額の認定を誤った違法があり、取り消されるべきである。

三  争点

1  推計課税の必要性、本件税務調査の違法性(争点一)。

2  推計課税の合理性。

(一) 推計過程(推計方法)の合理性(争点二)。

(二) 推計された所得金額の合理性(原告によるいわゆる実額反証が成功しているか。)(争点三)。

3  特別経費の額(争点四)。

四  争点一(推計課税の必要性、本件税務調査の違法性)についての当事者の主張

(被告の主張)

被告が、本件各処分に至った経緯は、以下のとおりである。これによると、推計の必要性が認められ、かつ、被告部下職員が行った調査に違法は認められない。

1(一) 被告部下職員は、本件各係争年分の所得調査のため、昭和六二年四月二七日から同年五月二九日までの間の少なくとも三回、電話連絡により調査協力を依頼するとともに、四回にわたって原告方に赴いた。

(二) ところが、原告及びその長男は、被告部下職員に対して、「具体的な調査理由の開示がなければ帳簿書類の呈示はできない。」、「更正処分でも何でもしたらよい。勝手に調べてくれ。」、「ここにはもう来てくれるな。」などと述べて、調査に全く協力せず、確定申告書記載の所得金額の正確性を確認し得る資料を全く提示しなかった。また、被告部下職員が、調査日時の調整のため、電話連絡するよう依頼したのに、これも無視した。

(三) そこで、被告は、やむを得ず、反面調査によって把握し得た収入金額を基礎に、推計に基づき本件処分を行った。

2 右のとおり、被告は、本件各処分を行うまで、原告及びその家族に、再三にわたり、調査協力を依頼していた。しかし、原告の調査協力が得られなかったことから、本件各係争年分の所得金額を実額で把握することができなかったものであり、原告に対して推計課税をせざるを得ない必要性があったことが明らかである。

3 本件税務調査には、以下に述べるとおり何等違法な点は存在しない。

(一) 所得税法は、調査の必要がある場合、税務職員が質問検査権を行使することを認めている。右「調査の必要」とは、当該調査目的、調査すべき事項、申告の本裁・内容、帳簿等の記帳・保存状況、相手方の事業形態等、諸般の具体的事情に照らして客観的な必要性のある場合をいい、過少申告の疑いがある場合は勿論、申告の真実性・正確性を確認する必要のある場合をも含むものである。そして、本件税務調査は、原告の確定申告の所得金額が正しいかどうかを確認することを目的として行われたものであり、本件税務調査にはその調査の客観的必要性があったことは明らかである。

(二) 質問検査権の行使に関する法に定めのない実施の細目は、社会通念上相当な限度に止まる限り、権限ある税務職員の合理的な裁量に委ねられている。したがって、<1>調査日時を事前に通知するか否か、<2>調査理由を告知するかどうかといった点は、税務職員の合理的裁量に任されている。右<1>、<2>の点は、調査手法の問題だから、違法の問題を生じる余地はない。

(三)さらに、反面調査の時期・範囲・程度等についても、調査を行う税務職員の合理的裁量に委ねられている。したがって、納税者の事前承諾がある場合や、納税者自身への調査が不可能な場合だけに反面調査が許されると解すべき根拠はない。本件で、反面調査をしたのは、前述のとおり、原告から確定申告に関わる帳簿書類の提示を受けられないなど、調査協力が得られなかったことにある。このような場合にも、納税者の事前の承諾なしに反面調査ができないのであれば、租税による歳入の確保や、租税負担の公平の要請の実現が不可能となることが明らかである。

4 仮に、本件税務調査手続に違法な点があったとしても、調査の違法は、課税処分の効力に何等影響を与えるものではない。なぜなら、所得税法が定める調査手続は、課税庁が課税要件の内容をなす具本的事実の存否を調査するための手続にすぎず、右調査手続自体が課税要件となる訳ではないからである。また、更正処分の取消訴訟は、客観的な所得の存否を争う訴訟だから、違法な調査手続によって収集された資料に基づき更正処分がなされたとしても、それが客観的な所得金額に合致している以上、課税処分の効力を左右するものではない。もっとも、調査手続の違法の程度が刑罰法規に触れたり、公序良俗に反するような場合には、収集された資料を課税処分の資料として用いることができず、課税処分が違法として取消されることもあり得る。しかし、本件税務調査には、刑罰法規に触れたり、公序良俗に反する等の違法のないことが明らかである。

(原告の主張)

1 本件税務調査の実態

(一) 被告部下職員は、農繁期に事前の連絡もなく、突然、原告方に調査に赴いた。そして、原告の収穫期を外して欲しい旨の要望を無視して、決められた日時に調査を終えようとした。

(二) しかも、被告部下職員は、原告の長男が、調査理由の具体的開示を求めたにもかかわらず、「申告が正しいか確認にきた。」旨の回答しかせず、極めて不誠実な対応をした。

2 本件税務調査の実態は右のとおりであり、被告部下職員が、誠実に調査を行う意思さえあれば、事前に資料を検討して、調査対象者の質問に丁寧に答えて、繁忙期をずらせるなど、調査対象者の理解を求めて調査をすすめるのが当然である。ところが、被告部下職員の前記対応は、納税者を見下ろし、納税者をすべて脱税者扱いするものである。法は、納税者に対して、このような扱いをすることを許容しておらず違法である。

さらに、原告は、理由の明示があり、繁忙期さえ外せば、帳簿の提出などをして調査に応じる意思を明らかにしていた。ところが、被告部下職員は、調査を拒否するものと一方的に判断して、推計課税に及んだ。したがって、本件は、被告課税庁が、所得実額を把握し得ない場合には当たらず、推計の必要性のなかったことが明らかである。

3 本件税務調査は、有田民主商工会(以下「有田民商」という。)を弾圧するため、会員である原告及びその家族を威迫するとともに、当初から、推計課税によることを予定して、その口実を作ることを目的として行われた形式的なものに過ぎず、このような調査が推計課税の必要性を根拠付けることにはならない。

4 クリーハンド・禁反言の原則違反

また、原告は、昭和六〇年まで、被告の指示にしたがって、経費率方式で申告をしてきた。被告は、これを徹底するため、「お尋ね」なる文書を作って配布までしている。

このように、原告は被告の指導にしたがって昭和五九・六〇年分の申告をしているのであり、そもそも推計の必要性はないし、推計により右各年度の更正処分を行うことは、クリーンハンド・祭反言の原則に照らし、許されない。

五  争点二(推計過程の合理性)についての当事者の主張

(被告の主張)

被告は、被告の主張の要旨で述べたとおり、特別経費控除前の事業所得金額を算出するに当たり、実際の収入金額に平均算出所得率を乗じるという推計の方法によったが、その推計過程に合理性があることは次のとおりである。

1 収入金額

被告が、金融機関等に対する反面調査から把握し得た本件各係争年分の収入の内訳は、別紙三に記載したとおりであり、少なくとも右金額の収入があったことが明らかである。

2 平均算出所得率

(一) 推計の基礎となるべき同業者の選定

被告は、同業者の選定に当り、大阪国税局長が発した一般通達に基づき、被告に対して所得税の確定申告書を提出している農業を営む個人(主として蜜柑を生産する者に限る。)のうち、次の六項目全てを満たす者を抽出した。

(1) 青色申告者であること。

(2) 個人又は出荷組合を通じて出荷している者であること。

(3) 蜜柑(雑柑を含む)販売に係る収入金額が、昭和五九年分は四五〇万円以上一三八〇万円未満、昭和六〇・六一年分は四八〇万円以上一四七〇万円未満であること(被告が把握し得た原告の本件各係争年分の収入金額をもとに上限を約一・五倍、下限を約〇・五倍とした。)。

右収入金額は市場手数料を控除した金額である。

(4) 年間を通じて事業を継続して営んでいること。

(5) 他の業種目を兼業していないこと。

(6) 対象年分の所得税について、不服申立てまたは訴訟が係属していないこと。

(二) 以上の基準で抽出された同業者は、各年度について一六ないし一八名あり、その収入金額・算出所得金額・算出所得率は別紙四の各該当欄に記載されたとおりである。

(三) 右同業者は、原告と業種・業態・事業規模に類似性が存し、また、帳簿書類が整い、申告の正確性が担保された青色申告者であるから、算出された数字は正確なものである。しかも、その抽出は、大阪国税局長の通達に基づき機械的に行われており、その過程に被告の恣意が入り込む余地はない。

したがって、被告が原告の事業所得を算出するに当って用いた推計は、合理性を有するものである。

(四) 原告は、被告の採用した推計方法は耕作地の立地条件や、植付品種・樹齢等から収入や経費率に大きな差を生じる農業の特性を無視しており、合理的でない旨主張する。

しかし、右主張は、以下のとおり理由がない。

(1) 同業者比率による推計は、対象納税者と類似性のある同業者を選定して、その平均値に基づき対象納税者の所得金額等を推計しようとするものである。したがって、同業者に通常存在する程度の個別的な営業条件の差異が存在することは、当然の前提になっている。

(2) しかし、これらを平均化することによって、同業者間に通常存在する個別・具体的な事情は捨象されて、客観性・普遍性を持つことになる。

(3) 原告が、推計の合理性を覆すためには、原告において、右平均値に吸収しきれない、劣悪な特殊条件の存在を立証する必要がある。ところが、原告は、右特殊条件を立証していない。したがって、被告の行った推計の合理性に疑問を生じる余地はない。

(原告の主張)

1 推計課税は、所得実額を把握する直接資料がない場合に、やむを得ず、間接資料から、所得を推計しようとするものである。したがって、推計の方法は、実際の所得に最も近似した数値を算出し得る合理的なものであることが必要である。

2 ところが、被告の作成した同業者比率表によれば、比較対象農家のうち、算出所得率の最高値が六三・三七パーセント、最低値が二六・〇六パーセントと実に三倍近い開きがあり、統計的にほとんど意味をなしていない。

3 蜜柑農家では、木の種類や年数・立地条伜・設備等によって、収量や品質に大きな影響を及ぼすことが顕著である。これらの点を考慮しない同業者比率表は合理性を有さない。前記所得率の隔たりは、右不合理さを裏付けるものである。

4 特に、原告の場合、その耕作地の大半が急傾斜に位置し、石垣を積み上げたり、荷物の運搬に索道を必要とするなど、農地の維持管理に費用と手間がかかり、非常に条件が悪い。したがって、他の蜜柑農家に比べて、原告の経費率は高く、算出所得率が低いものと確認される。そうすると、原告に対し、前記同業者比率表を適用することは、著しく、不合理である。

六  争点三(原告の実額反証)について

(原告の主張)

原告の本件各係争年分の事業所得金額は、別紙六に記載したとおり、昭和五九年分が一一六万一九七一円、昭和六〇年分が一六六万三六八三円、昭和六一年分が二〇万八七二九円であり、これを上回る前記推計の結果には、合理性が認められない。

なお、右事業所得算出の前提となった収入及び経費は、同別紙の各項目に記載したとおりであるが、その捕捉方法は以下のとおりである。

1 収入について

別紙六の売上金額欄に記載したとおり、昭和五九年分が九一五万九九七七円、昭和六〇年分が九四四万九八八七円、昭和六一年分が一〇六三万五四一七円である。

右各金額は、通帳への入金などから把握したものである。

2 経費について

別紙六の必要経費欄に記載したとおり、昭和五九年分が七〇九万八〇〇六円、昭和六〇年分が六八八万六二〇四円、昭和六一年分が九九七万六六八八円である(いずれも特別経費を含む。)。

なお、右主張経費は、昭和六一年分は実額であり、昭和五九・六〇年分は諸材料費・土地改良費が実額、その余は、被告の指導に従い、売上げ金額に三五パーセントの経費率を乗じて算出した。昭和六一年分の減価償却費以外の経費の内訳は別紙七に記載したとおりであり、本件各係争年分の減価償却費は別紙八に記載したとおりである。

(被告の主張)

1(一) 所得税法は、所定の要件を具備する場合、所得を推計して、これに基づき課税することを許容している。したがって、推計に基づく課税も、法の認める一つの課税方法である。

(二) そうすると、適法に採用された推計の結果を覆して、納税者が、自己に有利な実額の課税を受ようとする場合、実額の主張・立証を完全に行うことが必要である。

(三) ところで、所得税法は、「事業所得金額」とは、総収入金額から「必要経費」を控除した金額だと定義する一方、「必要経費」については、総収入金額を得るために、直接要した費用、及び、販売費・一般管理費、その他、右収入を生ずるのに要した費用だと定義している。右定義によれば、原告が所得金額を実額で立証しようとする場合、<1>売上金額が売上のすべてを含んだ総収入金額であること、<2>経費が、右総収入金額を得るため直接要した費用(直接費用)、あるいは、業務遂行上、通常必要な支出であること(間接費用)、以上二点についての立証が尽くされない限り、所得金額を実額で算定することは許されない。

(四) したがって、原告が、実額反証によって、被告がなした本件各処分について、所得金額の推計を覆そうとする場合、総収入金額を主張・立証した上で、それぞれの経費について、直接費用については、収入金額との個別対応の事実を、間接費用については、期間対応の事実をそれぞれ立証することが必要となる。

(五) 要するに、原告が実額による反証を行おうとする場合、売上金額及び必要経費を断片的な取引資料や領収書等で主張するだけでは足りず、すべての取引事実を記載した帳簿書類及びその裏付けとなるべき原始記録をすべて提出して、その主張する実額が真実の所得金額に合致することを合理的疑いを入れない程度に立証しなければならない。

2 原告の実額主張の問題点

(一) 収入についての問題点

原告の主張金額は、被告が反面調査によって把握した金額を追認しているに過ぎない。しかし、反面調査で把握できるのは、取引先の協力等による限界があり、特に、銀行調査により把握できるのは、振込及び手形・小切手によって銀行に入金されたものに限られる。また、その性質上、実際の金額よりも少額にならざるを得ない。さらに、原告の主張の問題点として、以下の点を指摘することができる。そして、これらによると、原告の主張には売上金額の漏れが存在する蓋然性が極めて高い。したがって、原告の売上金額の証明は、不十分である。

(1) 原告は、昭和六一年分の売上金額は、別紙六の該当欄に記載したとおり一〇六三万五四一七円だとしている。右金額は、原告第八準備書面の別紙一覧表から明らかなとおり、同表の入金金額を合算したものである。右金額は、出荷一覧表(甲八〇、八一号証)の仕切金に対応しており、いずれも委託手数料・運賃・組合費を控除した後のものである。しかし、別紙六では、必要経費として、市場手数料・荷造運送費が計上されているので、原告が主張すべき売上金額は、これらが控除される以前のもの(売値)でなくてはならない。したがって、原告の売上金の主張は正しくない。

(2) 原告らは、昭和五九年ないし昭和六〇年ごろ、レモンを現金で販売したことがある旨認めながら、右金額を売上として計上していない。したがって、右レモンの売上金の漏れがあることが明らかである。

(3) 法は、棚卸資産を家事のために消費した場合には、消費した時点の価額を収入金額に計上しなければならない旨規定している。原告は、審査請求の際や、本訴当初には、本件各係争年分の家事消費分を計上していた。したがって、右家事消費分の存在が推認され、別紙六の売上金額には、その分漏れが存在する。

(4) 原告は、昭和六一年分の収入金額に関し、通帳・仕切り伝票等を提出している。しかし、これらは全て取引先の側で作成したもので、原告が作成した帳簿等ではない。したがって、これらだけでは、原告の売上の全てが証明されているとはいえない。しかも、昭和六一年分以外については、右仕切り伝票等の提出すらされていない。そうすると、いずれにせよ原告の売上が別紙六の売上金額にとどまるという立証はされていない。

(二) 必要経費の問題点

原告は、昭和六一年分について別紙七の一覧表のとおりの経費を主張する外、本件各係争年分の減価償却費については別紙八記載のとおりの主張をする。しかし、昭和五九・六〇年分については、経費の内訳表すら提出していない。また、昭和六一年分についても、領収書等の裏付けのないものが多く、領収書等が存在するものの中には、<1>宛名が原告以外の者になっているもの、<2>支払年分の記載がなく昭和六一年分の経費に該当するかどうかが明らかでないもの、<3>事業との関連性が明らかでないもの等が存在する。しかも、以下に指摘する問題もあるので、必要経費等の実額を立証できているとは到底いえない。

(1) 原告は、必要経費のうち領収書等がないものについては、原告の長男の証言で立証しようとするようである。しかし、原告の長男は、右の点について、もともと領収書など受け取っていなかったこと、計上された金額に概算的要素のあることなどを認めており、同人の証言で右立証の不備が補われているとは考えられない。

(2) さらに、原告の別紙六における所得の計算は、既に売上の欄で指摘したように、運賃・組合費等を二重に空除するといった基本的な計算間違いを犯している。

(3) しかも、減価償却費を算定するには、当該資産の取得年月日・取得価額が明らかであることが必要である。ところが、原告は、蜜柑樹その他の減価償却対象物について、取得年月日・取得価額を立証していない。

(被告の主張に対する原告の反論)

1 課税標準である所得の立証責任は、あくまで、課税庁が負うべきである。したがって、原告に収入・経費の実額立証を要求することなど許されない。

2 納税者側に、収入及び経費の実額の立証責任を認めるかの判決例も存在する。しかし、右判決例が、挙証責任を転換したものだと解すべきではなく、せいぜい、これらの判決例は、立証の必要を納税者と課税庁間で公平に分担するよう配慮したものだと理解すべきである。これらの判決は、不誠実な納税者であるとの予断のもと、被告の立証を容易に認め、原告の立証を認めなかった不当なものである。少なくとも、納税者が税務調査の際に非協力的な態度を取ったことが前提となつている。ところが、原告には、前記のとおり、不誠実な態度は全くない。

3 そうすると、仮に、右判決例を前提にしても、原告に収入及び経費の実額まで立証させることは許されない。

第三当裁判所の判断

当裁判所は、原告の本件各係争年分の事業所得金額の算出について、その推計の必要性・合理性が認められ、原告の実額立証もできていないので、被告の所得捕捉に違法はなく、その算出された本件各係争年分の総所得金額は、本件各処分の総所得金額を超えており、本件各処分は適法であると判断する。その理由は、次のとおりである。

一  争点一(推計課税の必要性)について

1  証人高杭宏吉(以下「高杭」という。)、同井口博文(原告の長男)の各証言及び弁論の全趣旨を総合すると、被告が、本件各処分を行うに至った経緯として、以下の事実が認められる。

(一) 高杭は、昭和六二年四月当時、大阪国税局直税部に所属しながら、被告税務署に派遣されて、原告ら有田民商関係者の税務調査に従事していた。

(二) 高杭は、同年四月二七日、原告の申告所得金額を確認するため、原告方を訪れた。そして、原告及びその長男と面談し、「所得税の調査に赴いた。」旨告げて、調査への協力を依頼した。しかし、原告が、「今日は忙しい。」旨返答したので、「明朝八時半ごろから九時ごろに税務署に雷話連絡して欲しい。」旨依頼して原告方を去った。

(三) 高杭は、翌二八日、原告から連絡がなかったので、昼ごろ、原告方に赴いた。その際、原告は、在宅しなかったが、事情を良く知る長男が在宅していたので、「第三者を退席させて、帳簿類を提示して欲しい。」旨依頼した。しかし、右長男は、第三者の退席を拒むとともに、調査理由の具本的開示を求めた。そこで、高杭は、「調査理由は、昭和五九年から六一年までの申告所得金額の正確性の確認である。」旨説明した。これに対し、右長男は、「具体的な調査理由の説明がないので、調査には応じられない。帳簿等は出せない。更正処分でもしてくれ。早く何でも調べてくれ。もう二度と来るな。何度来ても同じだが、三〇日にどうしても来るというのなら昼ごろにしてくれ。」旨述べた。そこで、高杭は、「三〇日の昼ごろにおうかがいする。調査に関係のない第三者の立会いのないところでお会いしたい。」旨言い残して、原告方を去った。

(四) 高杭は、昭和六二年四月三〇日、再度、原告方を訪ねた。ところが、原告方には、前記長男の外、第三者が大勢いた。高杭は、右長男に対し、第三者の退席と帳簿の呈示を求めた。しかし、長男は、「調査理由を明らかにせよ。」との一点張りで、調査に協力しようとする姿勢が全くみられなかった。

(五) 高杭は、その後、取引先等に反面調査を実施して、所得金額を推計した。高杭は、右調査結果を説明するため、原告方に電話を入れて、「原告もしくは長男に被告税務署まで来て欲しい。」旨連絡した。ところが、長男から電話で、「税務署には行かない。更正をして欲しい。」旨連絡があった。

(六) そこで、高杭は、昭和六二年五月二九日、原告方に赴き、長男に対して、調査理由を説明するとともに、来訪を拒否した理由を訪ねた。長男は、「もう税務署には行かない。勝手に調査してくれ。裁判で帳面を出す。」旨答えた。高杭は、長男に対し、「翌三〇日に、被告税務署に来て欲しい。来訪がなければ、話し合いの意思がないということで更正処分をする。」旨記載した連絡箋を渡した。しかし、原告らは、被告税務署を訪ねなかった。そこで、同年六月一一日付で本件各処分をした。

(七) 原告の長男は、原告から本件各係争年度分の納税申告及び税務職員に対する応対を任されていた。

2(一)  税務調査の権限は、申告納税制度の下では、ともすれば過少申告等の不正行為が行われがちであるが、このような事態を放置すれば、租税負担の公平が損なわれ、国家財政を危うくすることにもなりかねないので、納税者が行った申告内容に虚偽がないかどうかを検討して、真実の所得額を把握するために設けられたものである。

(二)  しかし、税務調査は、納税者その他の私的権利を侵害しかねないので、右調査権限を行使できるのは、所得調査の「客観的必要性」が認められる場合に限られ、その具体的手段・方法等については、右必要性と納税者の私的利益とを比較衡量したうえ、相当な範囲で行われることが必要である(比例原則)。

(三)  原告は、前記のとおり、いわゆる白色申告者であるが、白色申告者には青色申告者のような帳簿備寸け義務等がないので、申告金額が正しいという客観的保証は存在しない。そうすると、申告内容に疑義が生じる場合には、申告内容の正確性等を調査する「客観的必要性」が認められることになる。

ところで、別表一の「確定申告」欄の記載から明らかなように、本件各係争年分の所得税額は、〇もしくはこれに近いものであり、原告の営業規模等に照らせば、異常とも思えるものである。したがって、被告において、申告の適否及び申告金額の正確性を確認するため調査を行うのは当然である。そうすると、本件では、税務調査の「客観的必要性」が認められる。

(四)  原告が指摘する事前通知と理由開示等の問題は、法律上、税務調査の要件とはなっていない。したがって、税務調査の必要性と右事前通知等が行われないことによって侵害される利益とを比較衡量して、その要否が決められるべきである。

ところで、本件税務調査理由が、申告の適否並びに申告金額の正確性の確認にあることは、特に理由の開示を待つまでもなく明らかである。前記のとおり、白色申告者には、申告金額の正しさについての客観的な裏付けがないから、調査の目的が、所得の算出過程全般に及ぶことは説明を待つまでもなく明らかである。

また、事前通知の点も、前記1でみたとおり、当初こそ、抜打ちで調査を行っているものの、その後は、期日を告知したり、電話連絡を請う等しており、これによって、原告の利益が侵害されたなどとは考え難い。

最後に、反面調査の問題についても、前記のように、納税者が帳簿書類の提出を拒む等している場合、申告の正確性を確認するため、反面調査を行う必要性が認められ、これを制限していたのでは税務調査の目的は達せられない。

3  右1、2において認定判断したとおり、被告部下職員らが、税務調査の際に、再三にわたって調査に協力するよう説得したが、納税義務者である原告側の協力が得られず、所得実額の把握に必要な帳簿書類等の資料の入手ができなかったものであり、しかもその税務調査の客観的必要性が存するうえ、その手段・方法においても、原告の利益を過度に侵害する等、不合理と認めるべき点は存しないのであって、本件にあっては推計の必要性を肯認することができる。

4  そこで、右推計の必要性についての判断を覆すに足りる事情ないし証拠の有無につき検討する。

(一) 弁論の全趣旨によれば、その当時、原告ら有田民商関係者に対する税務調査が集中的に行われた事実が認められる。しかし、少なくとも原告については先に述べたとおり税務調査の客観的必要性が認められることと照らし併せれば、右の集中的な税務調査の事実から直ちに本件税務調査は有田民商関係者への政治的弾圧を意図してなされたと推認するのは難しいし、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

(二) 原告は、クリーンハンド・禁反言の原則に照らし、昭和五九・六〇年分の原告の所得税につき、推計の必要性はなく、推計により右各年度の更正処分を行うことは許されない旨主張する(争点一に関する原告の主張4)ので、検討する。

(1) 確かに、「農業所得についてお尋ね」(甲七四号証)及び証人小林史郎・同井口博文の各証言によれば、被告が農家に対し、特別経費控除前の農業所得金額算出のために、売上金額に経費率(三五パーセント)を乗じた簡易な算出方法を用いることを認めていたこと、原告は、昭和五九・六〇年分については、右経費率によって所得を申告したことが認められる。

(2) しかし、右甲七四号証及び弁論の全趣旨によれば、右取り扱いが許されるのは、家事消費分や棚卸し金額を含めた総収入が実額によって算出されている場合に限られ、また、特別経費として控除が許されるのも減価償却費・雇人費・支払利息に限定され、いずれも実額によることが要求されていること、被告は、これらの要件を満たす場合には、右簡易な計算方法で算出された所得金額も、所得実額と大差がないものとなり、このような申告を認めても差支えがないものと考え、このような取扱いを認めてきたことが認められる。

(3) したがって、右経費率による簡易な算出方法による申告であったとしても、その収入金額、特別経費の実額についての税務調査の必要性は否定できないし、また、本件訴訟において被告の主張する昭和五九・六〇年分の経費率は、右簡易な算出方法による経費率三五パーセントよりも大幅に上回っていること(別紙二<2>の平均算出所得率参照)に照らせば、本件において、クリーンハンド・禁反言の原則が問題となる余地はない。

(三) その他、前記3の推計の必要性についての判断を覆すに足りる事実関係を認めるに足りる証拠はない。

二  争点二(推計過程の合理性)について

1  収入金額について

乙三ないし六号証によれば、原告が、蜜柑の売上として別紙三記載のとおりの収入を得ていたことが認められる(原告が自認している収入金額も、別紙六記載のとおり、昭和五九年分が九一五万九九七七円、昭和六〇年分が九四四万九八八七円、昭和六一年分が一〇六三万五四一七円にのぼっており、昭和五九年、昭和六一年分は、右認定金額以上であり、昭和六〇年分についても、これに原告の主張には含まれていない(原告第九準備書面参照)家事消費分や既に控除済みの運賃が加算されるべきだから、原告の収入が、別紙三の合計金額欄の金額を下回ることなど考え難い。)。

2  平均算出所得率について

乙一、二号証及び証人橋本稔の証言によると、平均算出所得率は、次の方法で算出されたことが認められる。

(一) 大阪国税局長は、原告の事業所得を推計する上で必要となる同業者を抽出するため、昭和六三年一二月八日付けで、被告に対し、所得税の確定申告書を提出している農業を営む個人(主として蜜柑を生産する者に限る。)のうち、次の全ての項目を満たす者の「収入金額」、「一般経費」(必要経費のうち、特別経費である建物減価償却費・利子割引料・地代家賃・貸倒金・税理士報酬・固定資産等の除去損を除いたもの。)、そして、「収入金額」から「一般経費」を控除して算出した「算出所得金額」を調査して、報告するよう求めた。

(1) 青色申告者であること。

(2) 個人又は出荷組合を通じて出荷している者であること。

(3) 蜜柑(蜜柑を含む)販売に係る収入金額が、昭和五九年分は四五〇万円以上一三八〇万円未満、昭和六〇・六一年分は四八〇万円以上一四七〇万円未満であること(被告が把握し得た原告の本件各係争年分の収入金額をもとに上限を約一・五倍、下限を約〇・五倍とした金額)。右収入金額は市場手数料を控除した金額である。

(4) 年間を通じて事業を継続して営んでいること。

(5) 他の業種目を兼業していないこと。

(6) 対象年分の所得税について、不服申立てまたは訴訟が係属していないこと。

(二) 被告は、右通達に基づき、本件各係争年において右基準に該当する同業者一六ないし一八名について、右各項目を調査し、同業者調査表(乙二号証)を作成・提出した。

(三) 右調査結果によれば、同業者各人の「収入金額」・「算出所得金額」・「算出所得率」は、別紙四のAないしUの該当欄に記載したとおりとなる。

3(一)  所得率算定のために、被告が前記基準に基づき選定した同業者は、いずれも被告の管轄区域内の者であるので、蜜柑栽培の条件等は原告とほぼ類似しているものと考えられる。しかも、同業者の選定に当たり、事業の蜜柑農家で、雑柑を含む蜜柑の販売高が原告のほぼ〇・五倍から一・五倍までと、原告の販売高に近似した者を選定しているので、原告と規模的に近似した者が比較的多く選択されている。

そして、選択の基準が、このように明確で、客観的なものであるため、右選択に当たり、恣意が入らず、しかも、選択の対象とされた者は、いずれも帳簿類が整備された青色申告者で、税額等についても争いがないから、その数値も正確なものである。加えて、選択された原告類似の蜜柑農家の所得率を平均化しているので、個別特殊な条件は捨象されている。したがって、このようにして算出された平均算出所得率は、農業という特殊分野で推計を行う場合、被告において、採用可能な推計方法の中で最も合理的なものだと考えられる。

(二)  原告は、争点二についての原告の主張で記載したとおりの主張をして、推計の合理性を争っている。

しかし、推計課税とは、納税者の協力が得られず、所得実額を把握できない場合に、かといって、課税を見送れば、租税負担公平の原則等に反して、国家財政を危うくすることにもなりかねないので、社会通念上合理的と考えられる方法で、実額に近い所得金額を算出して、これを基に課税することを法が許容したものである。したがって、推計によって算出された所得が、必ずしも真実の所得とは合致しないことを前提として、可能な範囲で真実の所得に近似した所得を捕捉しようとするものである。その性格上、通常範囲での個別的事情は捨象せざるを得ない。そして、このように解しても、収入が捕捉可能な範囲に限定されていることや、納税者は、自己固有の特殊事情を主張・立証し、あるいは、日頃から帳簿類を整備することによって、実額を立証することもできるので、酷だとはいえない。

確かに、原告の耕作地は、広範囲に点在し、かつ、その多くが山の急斜面に位置するといった事情が認められる(甲九号証、検甲一ないし二六号証)。しかし、右事情は、有田郡の地形的特徴(甲九号証)に由来するもので、有田川北岸では、必ずしも珍しいものではないと考えられる。仮に、近隣の農家に比べて、若干、不利益な条件を強いられているとしても、推計課税が許される前記趣旨等に照らせば、合理性の排除される特殊事情は極めて個別的で特殊なものに限られるべきだと解されるから、前記近隣の状況に照すと、右の程度では、合理性に疑いを生じさせるものではない。

また、原告は、所得率のばらつきを問題にしている。しかし、所得率のばらつきは、この種の調査においては避け難いものであり、そのために平均化されるのである。したがって、原告の指摘する点をもって、本件推計の合理性に疑いが生じるとはいえない。

さらに、原告は、同業者の栽培条件を具体的に明らかにするよう要求し、これらが明らかにならない限り、推計方法が合理的なものか明らかではない旨主張している。しかし、選定された同業者が原告の近隣者である点等を考慮すれば、これらを明らかにすることは右同業者の特定にもつながり、そのプライバシーを侵害することにもなりかねない。他方、推計については、前記のとおり必要性・合理性等が要求されており、また、原告は、実額を立証することによって、実額による課税を受けることも可能だから、右弊害を無視してこれらを明らかにすべきだとは考えられない。

4  右のとおりであり、原告の本件各係争年分の特別経費控除前の事業所得金額につき、別紙二のとおり、その収入金額(<1>欄)に平均算出所得率(<2>欄)を乗じて、算出所得金額(<3>欄)を算出した推計過程に十分な合理性を認めることができる。

三  争点三(原告の実額反証)について

1  原告は、収入・経費の実額を主張して、前記推計の結果が真実の所得金額を上回る旨争点三に関する原告の主張に記載したとおりの主張をする。

推計による課税は、直接資料による所得実額の捕捉が不可能な場合に、間接事実から所得を捕捉することを法が許容したものである。推計による課税が、このように補充的かつ代替的なものである以上、推計の必要性、合理性が存して推計による課税が行われても、納税者が所得の実額を主張・立証する場合には、右推計による課税を免れることができるものと解される。しかし、法が認める課税を覆して、自己に有利な所得実額に基づく課税を受けようとする以上、納税者において、右所得実額についての主張・立証責任を負うのは当然であり、原告は、収入及び経費双方の実額並びに収入と経費の対応についても立証しなければならない。したがって、このような場合にも、課税庁である被告に所得の立証責任があり、納税者である原告は反証で足りるとすることはできない。

そこで、以下、原告が、収入・経費双方についての立証を遂げているかを検討する。

2  収入について

(一) 原告は、本件各係争年分の収入は、別紙六の売上金額欄に記載されたとおりであり、当座性貯金補助元帳(甲一六(枝番を含む)、二三、四三号証)、紀陽銀行及び農協の通帳(甲七六ないし七九号証)等からこれらが裏付けられる旨主張している。

(二) しかし、売上の全てを網羅した帳簿等が存在しない以上、これらが売上の全てであって他に売上がなかったとはいえない。

(三) 現に、原告の長男は、証人尋問において、本件各係争年度ごろ、レモンを現金で販売していた旨認めているのに、右レモンの販売代金が掲げられていないから、右代金が漏れている可能性が高い。

(四) また、裁決書(甲六号証)の別紙2の1によれば、原告は、審査請求の際に家事消費分として、本件各係争年分について、三ないし五万円を掲げているから、家事消費があったと推認されるが、これについても漏れている可能性が高い。

(五) 以上によれば、被告が指摘している計算間違いの点を別にしても、原告が自認している以外にも収入があるのではないかとの疑いを払拭できず、原告が売上の実額を立証できているとはいえない。

3  一般経費(必要経費のうち特別経費を除くもの)について原告は、必要経費として別紙七、八のとおり主張している(特別経費を含む。)。

(一) 原告の昭和五九・六〇年分の経費主張は、減価償却分を除いて、具体的な内訳の主張もなく、実額の立証ができているとはいえない。

(二) 昭和六一年分については、すべて実額主張をしているが、このうち特別経費を除く部分については、領収書等の裏付けのないものが多く、また、領収書があるものについても宛て名が長男名義になっているもの(甲二八号証の一〇等)等が混じっており、その主張金額の正確性に疑問を抱かざるを得ない。

また、特別経費以外の減価償却分については、本来あるべき取得日時・取得金額を裏付ける書証等はない。

4  右のとおり、収入、経費ともに原告の実額反証は、成功しておらず、右二で述べた算出所得金額(特別経費控除前の事業所得金額)の認定を覆すことはできない。

四  争点四(特別経費)について

原告が主張する経費のうち、右三で認定した算出所得金額を算定する際には折り込まれておらず、個別、特殊な事情に基づく特別経費として別途考慮が必要になるのは、建物減価償却費・地代・利子割引料(ただし、地代・利子割引料については昭和六一年分のみ。)である。

ところで、課税標準である所得の立証は、被告課税処分庁において行うべきであり、純理論的な意味で立証責任の分配の観点からすると、収入のみならず経費に関しても、被告がその立証責任を負っていると解される。しかしながら、右の特別経費については、個別、特殊な事情に基づくものであり、存在しない場合も希でないし、仮に存在する場合には、原告が容易に立証できるものであるから、具体的訴訟の場における立証の必要性の観点からみれば、原告において、基礎資料を提出して、一応の立証を尽くす必要性があり、その立証のない限り、右特別経費は存在しないものとして扱わざるを得ない。

以下、右の観点から、建物減価償却費・地代・利子割引料の特別経費につき検討していくこととする。

1  建物減価償却費について

右にいう、「建物」とは、住宅及び倉庫・納屋・車庫・プラスチックハウスなどの地上建物をさすものと解される。

したがって、原告が、別紙八で減価償却費として主張しているもののうち、納屋、倉庫、車庫、居宅等の減価償却費は、右特別経費に該当する可能性がある。

ところで、法令は、減価償却の要件として、当該資産が事業の用に供されるものであること、計算方法として定額法によること等を定めている。そうすると、減価償却が認められるためには、事業との関連性が認められることはもちろん、取得価額・取得年月日についても、原告が、一応の主張・立証を尽くすことが必要である。

原告は、別紙八の該当欄に記載されたとおり、取得金額・取得年月日等を主張してはいるが、通常あるべき取得代金等を裏付ける請負契約書等を全く提出していない。したがって、当該建物の存否、その取得費用及び建築年月日が全く不明である。加えて、居宅については事業との関連も疑われる。そうすると、これら建物の減価償却費が特別経費に当たることについて、一応の立証すら行われていない。

したがって、被告が認めている減価償却費(別紙二<4>欄、別紙五)以外に、減価償却費を認めることはできない。

2  利子割引料・地代について

これらについては、被告が、別紙七において、その存在を主張するが、通常提出可能と思われる契約書・領収書等の提出すらないので、その存否・内容・事業との関連性に関して、一応の立証すら行われているとはいえない。

3  そうすると、特別経費の額は、別紙二の<4>欄に記載のとおりとなる。

五  右二で認定した係争年分の各算出所得金額から右四で認定した各特別経費の額と弁論の全趣旨により認める事業専従者控除の額(別紙二<5>欄の額)を控除した額である別紙二<7>欄に記載の金額が事業所得の金額となる。昭和五九年分については他に不動産所得の金額七万二一六四円が存することは当事者間に争いがない。

したがって、原告の本件各係争年の総所得金額は、別紙二の<8>欄に記載した金額となる。

第四結論

以上のとおりであり、本件各処分は、右認定の原告の本件各係争年分の総所得金額の範囲内でなされた適法なものであるから、これらの取消しを求める原告の請求は理由がない。

(裁判長裁判官 東畑良雄 裁判官 和田真 裁判官 大垣貴靖)

別紙一

課税の経緯

<省略>

別紙二

原告の総所得金額

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別紙三

原告の収入金額

<省略>

別紙四 同業者の算出所得率表 *算出所得率は、少数点以下二位未満切捨てとした。

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別紙五

建物減価償却費の計算明細

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別紙六

井口順雄事業所得金額一覧表

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井口順雄経費一覧表

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別紙八 昭和59年度

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昭和60年度

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昭和61年度

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